風子ちゃん
耳も遠くなって、白内障、目やにでまぶたがいつも完全には開かない。毛も所々抜け落ちて、近親相姦を繰り返して、何度も子供を産んでは食べてしまう。老いさらばえた猫の様な気分。
『あんたにロックンロールの未来を託す訳にはいかない。』と、女優志望の風子に犬風が言われていた夜を思い出す。その晩、風子は犬風をトイレの中に閉じ込めて、自らステージに立って、勝手に喋って、勝手に唄った。どんどん人前にさらされて、訳のわからん自意識を満たす風子ちゃんと、これまた、わけのわからん自意識過剰に埋没してゆく犬風くん。
まるでさかさま。
『まぁいいさ、全ての行動に、特に理由付けは必要ないだろ。』と、誰かが言った真っ昼間、今日も風子は街の古着屋で次のステージ衣装を試着してまわり、犬風はうつらうつらと、薄暗い部屋で昼寝に逃げ込む。
何が嫌い?
眠りを妨げられるコト?
うん。
知人からの連絡を受けとる。知人(知人と言う立場の曖昧な人間関係)の娘が死んだらしい。
彼女は、6歳か7歳。手術用メスで手首を切ったらしい。
ふむふむ。
自殺か事故かは不明と言うコトだ。
まだ幼いから自殺じゃない、と言うのはナンセンス。
遺書がないから事故、と言うのもフシギなハナシ。
昨日まであんなに元気で普通だったのに、って言うヒトたちの元気で普通は、一体どんなコトを指しているのかな。
解らないコトに苛立ち、恐れる。まるで、残された者たちが納得できさえすれば、それで、いいみたい。
『あなたがいなくなって、とても哀しい。』
哀しい気持ちは、一緒なはずなんだけど。
ただの好奇心だったのかもしれないよ。
残された者たちを、混乱させたかっただけかも知れないよ。
『病気でも、事故でも、自殺でも、6歳か7歳の彼女にとっては、それが精一杯の寿命だったのかな?』
『自殺でも、それが寿命だって?!』
『違うのかな?』
『気軽なコト言うなよ!ブッ殺すぞ!』
『殺すの?』
『・・・・・・』
寿命。
『あなたがいなくなって、とても哀しい。』
哀しい気持ちは、一緒なはずなんだけど。
何が好き?
絶望したふりしてひとを欺くコト?
そうかもしれぬな。
何が好き?
カレーライス?
それと、あらびきウィンナー。
いぬのシャープペンシルは、おしりから芯を出す。アメリカもどきの服を着て、無表情で可愛らしく、無責任に任務を遂行するのだ。
あんたはあんたの正しいと思うコトをやればイイ。
風子が言いました。
『何でそんなにギターばっかり弾いてんの?そんなにギター弾くの好きなの?そんなにロックが大事なの?』
犬風が答えました。
『別に・・・。ただ指先のタコが剥がれてゆくのがとても恐いんだ。』
風子が言いました。
『意味がわかりません。』
時々、トイレに行くのがとても恐いと思うコトがある。誰かがいる気配がする。トイレのドアを開けると、ジェームス・ブラウンが熱唱しているんじゃないか、と思うコトがある。とても恐ろしくて、部屋には、いつも、空のペットボトルがおいてある。
『犬風くん、今日のライヴはどうだった?』
『うん。憑かれた。』
『疲れたのかい?』
『うん。ホント憑かれた。』
『あぁーそうなんだ、そんなに疲れたんだ・・・』
『うん。』
たまに会話が、ヒトとかみ合わない気がするんだよ、と犬風くんは言っていました。
ジンジンジン、ツードッ、クィーキリキリ。
お腹が痛い音。
ミシミシミシ、キーキーピロピレ、パーン。
頭が痛い音。
本当だよ。
痛いって何だろう?
ある時考えた。
お腹が痛い時には、お腹に穴を開けて、シールドを差し込む。
頭の痛い時には、頭に穴を開けて、シールドを差し込む。
そして、大きな真空管アンプに直結すれば、凄くカッコイイ音楽ができるのじゃないか?
うん。間違いない。きっとイカシたロックが流れてくるはずだ。
シールドの色はやっぱり赤色だろうか?ライヴは可能なのか?ライヴをやるなら何処だろう?やっぱり20000ボルトだろうか?
ある時考えた。
全く、これはいいアイデアだ。
バンバンバン。ドアの開く音。カツカツカツ。ただの足音。およそ色気のない音を引き連れ、無愛想に沈黙する音。
そして、ノイズ・・・・。
『またそんなくだらないコト考えてんの。誰がそんな“ひきこもりロック”聴くのよ。バーカ。』
『“ひきこもりロック”って何だよ。』
『ほらね、そこに反応するんだもの。やっぱり“ひきこもりロック”だわ。』
『・・バカってゆーなょ・・・・。』
『遅いわよ。』
そして、ノイズ・・・・。
コミュニケーションは、ただのノイズ。沈黙もまた、うねうねと波を打って漂うノイズ。